23 The Turning Point

第23章 転換期

 霊魂についての知識をさらに獲得するため,スヴェーデンボリは直覚の領域に入り込まねばならなかった。内部から,霊魂そのものからやってくる,捜し求めることのできない神の賜物といった直覚的経験は,自我(エゴ)の不潔なものとは共存することができない,と彼は教えられ,認めた。霊魂へのこれらの障害物がないとき,霊魂はその知識や知恵と一緒になって自由に,また喜んで流れ込んでくる。障害物があるなら,その道はふさがる。彼がまさに味わうことになっていた体験の中で,この教えが立証されたのである。

 スヴェーデンボリの生涯でこれらの日々は,その著作の外観に完全な大変化をしるした危機の日々であった。その危機は彼がオランダで『霊魂の領域(動物界)』を書いているときに起こり,ロンドンで『神の崇拝と神の愛』を出版したあとまで続いた。危機が去ったとき,スヴェーデンボリは解剖学の研究を完全に捨て,もっぱら聖書の研究に没頭した。超理性的な力に自己の理解力を明け渡し,その力に自分の理性を降伏させる以外にない,という変化も伴った。

 この期間のスヴェーデンボリの心の中の闘争については,ある老教授の論文の間に約100年間埋もれていた注目すべき手記が見つけ出されなかったら,情報不足だったであろう。その手記は,両側を羊皮紙で装丁され,その大部分はスウェーデン語でぎっしり書き込まれた69枚のポケット大の雑記帳である。始まりは旅行記のようであるが,そのほとんどは1744年にスヴェーデンボリの見た夢の記録であり,『夢日記』の題名がつけられた[273]。それらの記録は,明らかに書き手以外の人目を考慮していないので,しばしば大きな省略がなされた判読し難いものとなっている。

 全般的にこの夢には,スヴェーデンボリの生涯の習性であった科学的方法への信頼と,その一方で彼の意識の扉をノックしているけれども,内なる導きに自分の理解力を進んで服従させない限り入ってくることのできない霊的なものへの注目,この二者の間で引き裂かれた,彼の心の厳しい闘争が描かれている。肉体の感覚と推論に頼ることから解き放たれ始めた心の精神的で感情的な状態と,しだいに霊魂を通した光を意識し,それを受け入れるようになる状態――スヴェーデンボリにとっては,思考の明晰さと内なる導きへの完全な服従からの結果による分離★1――が描写されている。そのため,精神的イメージはその対となる物質的なものから,すなわち通常の意味から分離し,しだいに高い能力に服従するようになり,そこでその高い能力は心の中のイメージを非物質的で霊的なものを表わすための象徴として用いることができる。こうして非物質的なものが象徴的な形の下に夢の中に現われ,その象徴するものの意味を熟考したとき,彼に夢の解釈が明らかとなった。例えば,自分の粗野な思考は,夢の中でぼろ服の山として,自分の不純さは,摘み出さなくてはならない害虫として表わされた。散らかった小屋に住んでいるのに,彼を訪れた至高者を迎えた自分に気づき,ずうずうしい自分が罰せられなければならない,と考えた。自分の窓を通過する兵士たちは,自分が危害から守られるに違いない,というしるしであった。

 彼は,自分の性格の変化に気づき,また以前には支配的であった性の欲望が去ってしまったことに驚いている。自己の名誉のために著述する意欲がすっかりなくなっていることに驚き,この動機が奪われたとき科学について執筆し続けるのは困難であると記している。当時,執筆していた『霊魂の領域(動物界)』の第1巻のプロローグには,観点の根本的な変化が反映されている。なぜなら,彼を駆り立て,奮い立てたものは,無知の雲を追い散らし,信仰への道を開く願望以外の何ものでもないことが述べられているからである。この動機は,前年に鉱山局への請願書に書かれたものと何と異なっていることか! そこには,自分は愛国心からの熱意と野望に駆られている,とはっきり言われていた。

 『夢日記』に記録されたこの新しい観点のためへの闘争を,のちにスヴェーデンボリは,自分が啓示の道具となるための準備の一部と見なした。内心を吐露した記述から,彼のありのままの魂がかすかに想像できる。そしてこれらのページはただ共感と理解を持って読まれるべきである。スヴェーデンボリの良心と彼の神の間には何も存在していない。彼はこれらの夢の体験を驚くべき特権と自認したのである。

 全生涯をかけて諸科学の研究に強く集中した彼にとって,これらの追究を断念するのは恐ろしく困難なことであった。彼はときどき“霊”への反感が反抗や暴力的対立となってしまうのを感じている。そのようなとき,自分の書いているものがまったく無意味であり,生命や連結を欠いている,と言っている。ある夢の中で,自分の馬にとって背負うのにあまりに重すぎる荷物となり,それでその馬は死んでしまったが,この荷物を解剖学についての自分の著作の残余と解釈している。彼はこれを自分の論文★2をあまりに長くしていることに対する警告と受け取るが,またこれは,単なる世俗的な研究のすべてから最終的に決別する前触れでもあった。

 落胆の状態と最も高められた歓喜の状態とが繰り返えされた。暗闇の中をさ迷い,そのとき再び輝き明るくなった道の夢を見ている。自分の価値の無さのために泣き崩れ,なれ親しんだ賛美歌のメロディーと言葉が心に浮かび続ける――

  イエスは私の友,最良の友,
   比べようもない方。
  この方を見捨ててしまうのだろうか? 他の人のように,
   この方を捨て去ってしまうのだろうか? 私もまた。
  だれも切り離すことはできない,
   私をその慈しみ深い愛から。
  この方と一つ,私の心は,いつまでも,
   この地上でも,そのように天上でも[274]

 「つぼみがほころび,緑になったようだ」と記し,この少しのちに,最初の恍惚状態を経験した。

 それはイースターの日であり,スヴェーデンボリは主の聖餐に与(あず)かっている。その夕方,心は試練に悩まされ続け,内なる満足と外なる悲しみを繰り返した。自分を仲間に引き入れようとして,それがむだに終わった一人の知人に会う夢を見た。彼はこれを放縦・富・虚栄を意味すると取った。この試練の状態に続いて,神の愛をはっきりと意識し,進んで自分のいのちを神に引き渡そうとする,言語を絶する天界の至福の状態が起こった。

 私は心と体で,表現を絶する歓喜を感じていた。それで,もっと高い段階に少しでもいたなら,全身が,いわば,純粋な喜びの中で溶けてしまっただろう。要するに,私は天界にいて,どんな人間の舌でも口にすることのできない,そこに生命がある,そこから栄光や最も深い喜びがやってくる,といった会話を聞いた……[275]

 このことが起こったあとの,1744年4月6日,彼はハーグからデルフトに旅し,全時間を深い霊的な瞑想に包まれて過ごす,という恵みを得た。デルフトでのその夜,彼はその生涯でのクライマックスともいえる出来事を経験したのである。

 夕方,彼はモーセを通してなされた神の奇跡について読んでいたが,読書の中に自己知性の何かが混じるように思えた。ふさわしい強い信仰を持つことがでなかった。信じた,それでも信じなかった。全能であられる神が,イナゴを集めるのに,なぜ風を用いられたのか? なぜ直ちに働かれないで,パロの心をかたくなにされたのか? こうした疑問が割り込んできて当惑した。しかし,彼は「惑わす者」を責め,その策略を笑った。火を見て,この火の存在もまた同様に否定すべきなのか,とつぶやいた。なぜなら,外なる感覚は神ご自身のみことばよりもさらに迷わせるものであり,神は真理そのものであるからである。これが天使たちや神が哲学者でなく羊飼いたちに現われた理由である,と考えた。

 10時にベッドに入った。半時間後,多くの風が吹き付け合うような音のとどろくのが聞こえ,すぐさま頭から足先まで強い震えに襲われ,彼を揺さぶる何か「表現を絶する聖なるもの」の臨在を感じ,顔から投げ倒された。これは何のことかと驚き,また自分が叫んでいるのに気づいた――「ああ,全能なるイエス・キリスト! あなたはかたじけなくも大きな慈悲をこのように大きな罪人にもたらしてくださいました。私をこの恵みに値する者としてください!」 彼は手を握り合わせて祈る,するとそのとき,手が出てきて,彼の手を強く〔両側から〕押さえた。彼はその方の胸の中に抱かれ,その方を面と向かって見る。「その様子は聖なるものであり,すべては描写不可能といったものであり,……この方の顔貌も,地上に生きておられた間,こうしたものであった。この方は私に話しかけ,私が健康証明書[脚註*]を持っているかどうかを尋ねられた。私は,『主よ,あなたはこのことを私よりもご存じです』と答えた。『よろしい。それでは,なせ』とその方は言われ……」。このことをスヴェーデンボリは,「私をほんとうに愛せ」または「おまえの約束したことをなせ」を意味すると解釈して,付け加えている――「ああ神よ,そのために,私に恵みを授けてください! これは私の力の及ぶものではないとわかった。震えながら目覚めた」

 眠っているのでも目覚めているのでもない状態の中で,彼は起こったことを熟考した。「これはいったい何なのか? 私が見たのは,神の御子・キリストなのか?」これを疑うのは罪に違いない。しかし,われわれは霊たちを試すよう命ぜられている。それで彼は,どのように自分が浄められ,このために準備されてきたかを,顔から投げ倒されたことや口走った祈りの言葉を反省した。「そこでわかった。とどろくような音とともに下って来て,思わず私を地面に投げ伏せさせ,祈らせたのは神の子ご自身であられた。それで私は,『この方はイエスご自身だ』と言ったのだった」と彼は結論した。「そのとき,恵みと愛を祈り求めた。なぜなら,この働きはイエス・キリストのものであり,自分ものではないから……。しばしば,涙が溢れ出た。悲しみからでなく,われらの主が,これほど価値の無い罪人に,このような大きな恵みを快く示してくださった,という最も深い喜びから」[276]

 自分を聖人とし,尊敬するだけでなく,聖徒として崇拝する人がいるかもしれない,という思いがスヴェーデンボリに起こった。これは途方もない罪である。彼はこのような大罪に囚われることのないよう熱心に主に懇願した。キリストおひとりが崇められるべきである。自分は他の人以上に価値が無く,深い根源から発している自分の罪は他の人たちの罪よりもさらに大きい。「霊的なものについて,自分を卑下する以外に何もない……今,このことだけだと知った。聖霊がこのことを教えてくれた。しかし私は,愚かにも,謙虚になれなかった。これがあらゆる事柄の基盤である」[277]

 4月24日には,アムステルダムの友人,ヒンリク・ポシュ氏と楽しい日を過ごした★3。「私は以前と同じように旧来のすべての知人と付き合っている。しかも,私の変化にいささかなりとも気づくことのできる者は一人もいない。これは神の恵みである。……しかし,私に示されてきた大きな恵みについてはあえて言うまい。なぜなら,そんなことをしても,人々は,私についてあれやこれやと,それぞれの心のままに考え,反対したりするだけだと知っているから」と明言している[278]

 彼は,絶えず自己愛が侵入してくることを記しており,自分の高慢の一例として,だれかが自分にしかるべき敬意を払わないとき常に,「ただあなたが私の享受している恵みに気づくだけで,あなたは違ったふうに振る舞うだろう!」と考えたことを挙げている。彼はこのことに対して神の許しを祈り,他の人々も同じ恵みを享受するように願い,「おそらく,受けている。または受けるであろう」と書き加えている[279]

 同席した隣りの人にだれかが,「金(かね)を有り余るほど持っている人間がみじめになるということは有り得るだろうか?」と質問しているのを聞いたことがあった。これに微笑んだ。もしその質問が自分に向けられたものなら,「あらゆるものを豊かに所有する者は,心と魂のみじめさといった,さらに深い悲しみにさらされる」と答えたことであろう。

 神の恵みにより,この世で私の必要とするものに関して,あらゆるものを豊富に享受してきたので,私はこのことをいっそうよく証言できる。私の年収だけで豊かに暮らすことができ,心に抱いたことは何でも実行でき,さらに収入の残余もある。それで,生活に必要なものの不足から起こる悲嘆や憂鬱(ゆううつ)は程度の低い,単なる肉体上のものであり,他の種類の……に匹敵しない,と証言できる[280]

 彼は本屋の前を通り過ぎながら,自分の著作の方が他の人たちの著作よりも役に立つとの思いに駆られた。

 しかし直ちに,人は他の人に仕えている,私たちの主は何千もの方法を一人一人に備えられている,それでどんな本にもそれ自体の価値が残されているはずだ……と考えて自分を制した。それでもまだすぐに必ず高慢がでしゃばり出てくる。神よ,これを制したまえ。その力はあなたの御手にあるのですから! ……神よ,私に謙虚さを授けたまえ。そして私が自分の弱さ,不純さ,価値の無さを知ることができますように![281]

 かつて,同席していた知人に挨拶を返し損ね,挨拶の遅れたことでその人が不快になり,きつい言葉を返してきたことがあった。赦してもらおうとして,スヴェーデンボリは最後になんとか,「私は考えに没頭してしまい,だれかが挨拶をしても目に入らず,通りで友達に気づかずにやり過ごしてしまうことがときどきあります」と言いった。彼はその場に居合わせた友達にこのことの証人になってくれるよう訴え,その人は「その通り」と言いった。「私はだれよりも礼儀正しく,謙虚でありたいと願っている」[282]

 彼は,自分が解剖学の思索へと傾くこと,霊的な主題よりもむしろ哲学的な主題を研究したいこと,これがいかに強いかを述べている。俗社会の一員であることを好むだけでなく,自分の著作を自慢することさえ欲した。神の愛のためにだけ著述することから自分が誘い出されてしまうという恐ろしい危険に直面した。これは霊的な姦淫なのであろう,霊たちが常にこれへ誘惑しようとする。しかし,神への愛が最初の位置を占めるとき,〔姦淫ともいえる〕自分の著作へ愛は存在不可能である。自己の理解力をまず最初に,完全に捨てなければならない,しかも,これは神の業であって人間の業ではない。彼は祈り,断食し,聖書を読んで一日を過ごした。自分が頭から足先まで不潔であると認め,イエス・キリストの慈悲を嘆願した。ついに自分自身の理知を混合させていない信仰を得ることが適えられたと感じた。早朝,目覚めた中で,極度の歓喜により自分の死すべき肉体を溶かしてしまうといった愛,その無限の愛を表わす輝かしい円の幻を見た――

 ……そのとき,霊の中で,中心そのものから,それは愛であって,そこから出てきたものは聖霊である,と認めた……。人が自分自身のためでなく,愛そのものであり,中心であるキリストのために,……公共の善を中心に置くといった愛を所有している状態にあるとき,そのとき人は正しい状態にいる。キリストが究極の目的である。その他すべてのものは,この方へと真っ直ぐに導く中間的な目的である。

 こうしてついに,多くの苦い試練の後,スヴェーデンボリは,戦いで勝利するようにとイエスが自分を助けてこられた,自分の研究目標が達成できる,と確信した。

 私は私自身のものでありたいとは望まない。おお,神よ。私の人生すべての日々で,私をあなたのものとし,私を強め,支えてくれるあなたの聖霊を,あなたは取り去られない,と確く信じます![283]

 彼は,守護霊が自分のごく年若い時から一緒であった,自分には神の栄光を増し加えるための才能が与えられた,正しい道を歩む以外のことを自分が行なうなら自分は生きる価値がない,と気づいた。娯楽・富・地位,これらはすべて虚しいものと認めた。

 神はまさに彼に語りかけられていたのであるが,彼はそれをほんの少ししか把握していない,語りかけが象徴からなっていたので,まだ,ほとんど理解できなかったのである。非常に見事な地所を所有している女の人と一緒にその地所を歩き回る夢を見た。彼女と結婚することになっていた。彼女は敬虔と知恵を意味した。すべての「情愛(感情)」は女によって表わされた。神秘主義者は,宗教的エクスタシーのとき,神への愛を表現するために,世俗的な愛からの言葉を,その肉体的な愛に相当するものを借りて表現することがある[284*]。性愛的な要素がスヴェーデンボリの夢の中に驚くほどしばしば出てくる。人間の生理について学んだ者として,彼は性的な夢の意味を記し,それらを正直に,わずかも隠そうとする意図もなく描くことができた。ある性的な記事の後,「こうしたことは,世間の目から見れば不純であろう。しかしそれ自体は純粋である」と彼は言っている(1744年4月24日)。高貴な処女たちは真理と彼の愛した哲学上の研究を表わし,そして,彼女たちとの結びつきは知恵への彼の愛を意味した。彼を背後から捕らえようとした虚偽はぞっとするような形で現われた。こうして,ある忌まわしい夢は,自分の時間をより高い事柄に使うべきだ,はるか下方にある世俗の事柄については書くな,ということを意味した。「神よ,私に恵みをくださり,さらにお教えください!」と懇願している[285]

* * * * *

 この全期間,スヴェーデンボリはオランダに滞在していた。『動物界』の出版に精力を注ぎ,その最初の2巻が印刷された。1744年の春,船の夢を見るが,これは著述をイギリスで続けたほうがよいとの象徴であり,それで3巻目はイギリスで出版しようと決めた。出発の前に,友人のプレイス大使をもう一度訪ね,最初の2巻の著作を贈呈している。アムステルダムの銀行グリル社★4からクレジット(信用貸し)を取り付け,5月13日の月曜日,アムステルダムの下宿を引き払い,イギリスへ出発した。ハリッジに到着するのは5月15日――これはイギリスの暦では5月4日であった。

 到着した夜,スヴェーデンボリは数枚の非常に綺麗なデザインが描かれた銅版の夢を見た。これは彼が非常に美しいものを生み出そうとしていたことを意味した――次の作品『神の崇拝と神の愛』★5の前兆である[286]

 別の夢では敬虔な靴職人に触れ,「旅で一緒になり,そのときその人のもとに下宿した」と言っている。旅行中に出会った「敬虔な靴職人」とは,オランダにいる子供たちを訪ねた後,ロンドンに帰る途中のモラビア派信徒ジョン・セニフであった。スヴェーデンボリは自分が静かに暮らすことのできる家族を推薦してくれるよう頼み,ロンドンのドイツ人信徒協会の幹事であったセニフ氏は,まず自分の家に連れて来て,その後,フリート街の金時計の彫刻師であるジョン・ポール・ブロックマーを紹介した。4日後,スヴェーデンボリは彼のところに下宿した。ブロックマーもまたモラビア派信徒であり,彼の家で兄弟団の集会がもたれていた。一時,スヴェーデンボリはこの人たちとフェタ通りにあるモラビア派の礼拝堂へ同行したが,その団体には加わらなかった。彼はスウェーデン教会に出席し,そこで聖餐に与かり,献金している[287]
 モラビア派信徒たちについて彼は次のように言及している――

 いろいろな摂理によって,私はモラビア兄弟団に所属する礼拝堂に導かれた。自分たちは真のルター派である,また彼らが互いに語るところでは聖霊の働きを感じる……と主張している。私はまだ彼らの兄弟団に加わるのは許されていないのだろう。彼らの礼拝堂は三か月前に私に示されていた,これをあとになってちょうどそのままに見たのである。また,全員が聖職者のような服装であった(5月19〜20日)[288]

 スヴェーデンボリは隠遁生活を送っていたが,ブロックマーとは友好的な関係を持ち,しばしば談話している。ブロックマーは疑いもなく,強烈に霊的なものを持ったこの下宿人に好奇心をそそられた。われわれは容易に,スヴェーデンボリの高められた状態がその家族に何か強烈なものを伝達したであろう,と推測できる。ある時,女中がベッドや部屋の掃除をしようと入ってくるのを拒んで,部屋の扉を二日間開かなかったことがあった。偉大で厳粛な著作に携わっているときには一人にしておいてほしい,と彼は言った。

 モラビア派の信徒たちにとって,彼が自分たちの教派に加わらなかったことは期待外れだったであろう。彼の経験している驚くべきことは,彼らの活動範囲外であり,彼らはそのことに憤慨したのかもしれない。7月にブロックマーの家を去り,ほかの下宿に移るが,ブロックマーとそこの女中が彼の研究を妨げ,彼の論文をいじる癖があったのがその理由の一つとされている[289]

 スヴェーデンボリの去る前,悩ましい事件が起こり,このことはだいぶ時が経ってから,また大きく間違えられ,スヴェーデンボリはそのとき狂気であった,とのうわさを引き起こした(エピローグ参照)。

 時計彫刻師であったブロックマーは宝石商人たちとも商売をしていたが,彼らの中に不正直者がいたのかもしれない。

 話によれば,二人のユダヤ人が,スヴェーデンボリが部屋でぐっすり寝込んでいるのを見て,それをよいことに彼の金時計を盗んだ。スヴェーデンボリはあとになって枕元に時計が見当たらないのを知って,その人たちに返すよう要求した。

 「あなたがエクスタシーの状態にあるとき,自分で時計をひっつかみ,通りに出て,どぶに投げ込んだのを覚えていないのですか?」とその人たちは言った。

 「私の友たちよ,あなたがたはその言葉が間違いだと知っている」これがスヴェーデンボリの返事であった。その後,二人の悪党を裁判に訴えたら,との助言を受けたが,彼は,そうする価値はない,と言った。「彼らの行動によって,私以上に彼ら自身が傷ついている。主が彼らに哀れみを持たれますように」[290]

* * * * *

 当時,スヴェーデンボリは感覚を扱っている『動物界』の第3巻を著述していたが,思考の他の方向が開かれ,その心の中に新しい計画が形作られつつあった。夢の中で,大きな美しい宮殿が示され,そのそばのイチジクの木の快い木立ちと,取り囲む掘がそこからいつも見ることができそうなので,そこに住みたいと願った。「翼(よく)の一つをずっと行ったところの窓が開いていた。ここに私の部屋を持ちたいと思った。宮殿は私の著作の計画を意味するのだろう」(6月15〜16日) [291]

 ある時,眠りと目覚めの間で彼は,「聖なる震え」に繰り返し襲われ,幻の中に一人の男を見た。「それは聖なる天使であったに違いない,なぜなら,顔から投げ出されなかったから」と彼は結論している。このことを「外部の感覚から分離した内部の感覚から」知った,と彼は言っている。これは,長く連続するこうした内部の感覚の最初であり,ますます明確で継続的なものになっていった[292]

 9月21日,スヴェーデンボリは初めて霊から話しかけられた。自分の著作について深い思考に浸っていたが,そのとき突然,「黙れ,さもないと,おまえを打つ!」という言葉が聞こえた。この出来事に怯え,彼はこのことを研究に,特に日曜日の夕方に,あまりに長く夢中になるな,との警告と受け取っている[293]。彼は実際に根っからの著述家だった。二折判〔最大の判〕にして200ページもの『五感』の原稿の書き改めを一か月半足らずの間に成し遂げている。人々は,その非凡な知性を今日のわれわれに伝えてくれるガチョウの羽ペンを削る暇さえどうやって見つけだしたのだろうと驚く! この驚くべき速さはその頭脳が飛び抜けて明晰であったことによってのみ可能となる。その知性へのどんな負担も,よく考え,自ら課したものだった。彼自身の言葉によれば,彼は「心配や苦労に邪魔されずに,長く深い思考にいた」。試練は彼の霊的な生命において起こったのである。彼は,職務では慎重,社交では控えめであり,ときおり愉快な気晴らしにも加わった。

 その莫大な著作を書き続けている間に,彼は天界の神酒を飲む夢を見た。これは,高い源泉からその著作への助けがやって来るであろう,そして神が彼を単に器として用いられるであろう,ということのしるしであった。「私は神がみこころのままに用いられる道具のようなものである……。私が竜を殺す道具となれたら! と願った」[294]

 試練は依然として彼を襲った。甘言にそそのかされて,自分の著作を誇った。「神おひとり以外にだれも私を助けることはできない!」と絶望のうちに叫び,巨大な黒い雄牛に突き刺されそうになる夢を見る。「おまえは無事に通過できる」と言われる。彼は,自分が「触覚」についての第1章をやり遂げたとき何かが自分に起こる,という予感を得る。この予言は的中する,というのはこのすぐあと,スヴェーデンボリは,真ん中に太陽が壮麗に輝いている美しい宮殿の切妻壁の夢を見たからである。「私を会員にすることがその会の中で決定した,と私に言われた。不死の会員であり,これには死んで生き返った者以外に,だれ一人なった者がいなかった」[295]

 彼の心に新しい書物が形作られていた。その題名は夢に出てくる――それは「神の崇拝と愛についての神聖な本」となるであろう。また幻の中で,これはまったく異なった愛から発する,他の著作とはまったく異なったものであることが彼に示された。それでも彼はこれが(他人から)単なる物語りや慰みものと見なされるのではないか,と疑っている。これを放棄しようという気にすらなったのであるが,しかし,継続する力を与えられた(10月6〜7日)[296]

 二日後に述べていることは――

 今夜は今まででいちばん嬉しかった,無垢の王国の幻を見たからである。想像できる限りで最も美しい庭園を下方に見た。どの木にも代わるがわる白バラが置かれていた。その後,広い部屋に入ったが,そこにはミルクやパンの入った容器が並んでいた。これ以上食欲をそそるものは想像できないほど食欲をそそられた。女の人と一緒だったが,その人のことを特には思い出せない。そこから戻るとき,美しくて無邪気な小さい子供がやって来て……。これは,子供は無垢そのものを意味し,私が無垢の王国にいたことを意味する。私はこれに大いに心を動かされ,すべてが無垢であるそのような王国にいることができたら,と願った。目覚めたこと,そこを去らねばならなかったことを嘆く[297]

 神が自分に新たに教えてくださるであろうことを除いて,今や彼は宗教的な知識のすべてを失ったと感じた。なぜなら,何も知らない状態にやってきたからである。彼からはすべての予見が取り去られていた。これが霊的な物事に対する知識の始まり方である,と彼は言っている。最初に子供となり,それから知識へと育まれねばならない。自分を天界の御国へ入れようと努力する者は空しく働き,また常なる危険にいるが,人が神に向かうとき天界の御国へ入ることは容易である。

 けれども空しい思いが依然として生き残っていた。繋がれていたと思った犬が,彼に飛びかかり足に噛みついた。だれかが来て,これ以上傷付けないようその恐ろしいあごをつかまえた。スヴェーデンボリは,このことを,前日,ロンドンの医科大学での講義に参加したときに起こったことにあてはめて解釈している。「解剖学をよく知っている者の一人として私の名を挙げるべきだ,と心の中で思うほどに私はずうずうしかった」[298]

 そのとき手がけていた著作に対し,スヴェーデンボリにとって神の導きともいえる数多くのしるしが起こっている。彼は「他人の品物を何も取るな,キリストなしで何事にも着手するな」と警告される。悲哀を感じさせる筆致で,今や自分が科学的探求をすっかり捨て,自分の興味をもっと崇高な主題に移さねばならない様子を描いている。悲しく引き裂かれた心!

 私の友と長い通路を歩いているとき,美しい少女がやって来て彼の腕に寄り掛かり,悲しげな声をあげた。「彼を知っているのか」と彼女に尋ねた。答えなかった。私は彼から彼女を取り,その腕を取って連れて行った。これは彼女が自分から話しかけてきて,それで私が取った私の他の著作を意味した(10月26〜27日)[299]

 その後,ある朝,目覚めながら,ちょうど日の光を見るように,スヴェーデンボリは六,七年前にアムステルダムで『霊魂の領域(動物界)の理法』を書き始めたときと同じようなめまいを再び経験した。このめまいは前のものよりもっと鋭かった。彼は顔から投げ出された。これは消えてゆき,軽くまどろんだ。前の出来事のときのように,このことは彼の頭脳が整えられ,その思考を邪魔するといったものから浄められたことを意味した[300]

 最後に記帳された翌年5月のものを除いて,この注目すべき『夢日記』は1744年の10月でこのように終わっている。


脚注* 「健康証明書」とは、船が出港するとき、その乗員の健康状態について関係当局から出される証明書。(ウェブスター)

原注
273 『夢日記』を論考するにあたって,『ターフェル』T,134-219とU,1118-28を参照。この手記は相続人であるウェステロースのR・シェリングスソン教授のもとからストックホルムの王立図書館によって直ちに買い取られた。少しして,図書館員のG・E・クレミングによって,これは私的に流布させることを意図して小さな版で出版された。
274 C・Th・オドナーによりスウェーデン語から訳され,編集された『エマヌエル・スヴェーデンボリの夢日記』,ブリン・アシン,1918年。21ページ参照。
275 同書25ページ。
276 同書22ページ以降。いろいろな場所での言明によれば,1743年に主は初めてスヴェーデンボリに現われた。『ターフェル』T,9,1760年のハートレーへの自叙伝的手紙参照,494ページ参照。また『ターフェル』U,387,ヘッセ‐ダルムシュタット公爵への手紙。1118-28 と134-49もまた参照。アクトン『聖言講解への序論』40ページ以降,75ページ以降もまた参照〔邦訳書『転身期のスウェーデンボリ』(高橋和夫訳),同書45ページ以降,93ページ以降参照〕。『霊界体験記』192番もまた参照(1747年8月31日)。
277 『夢日記』29,32ページ。
278 同書64ページ。
279 同書33ページ。
280 同書33ページ。
281 同書34ページ。
282 同書39ページ。
283 同書47,59ページ。
285 『夢日記』66ページ。
286 同書69ページ。
287 (参考文献省略)『ターフェル』U,587。
288 『夢日記』73ページ。
289 プロヴォ(☆)へのシアスミスの手紙参照,ニューチャーチマガジン『新文書』1885年,382-3ページ。1746年(おそらく1745年であろう)にスヴェーデンボリはカー婦人のところに下宿していた,とシアスミスは言っている。エピローグ,437-9ページもまた参照。
(訳注☆:Peter Provo;スヴェーデンボリの教義を早くからイギリスで受け入れた医師仲間の一人。いくつかの小著作を翻訳している)
290 『ターフェル』U,609-10。
291 『夢日記』74ページ。
292 同書77ページ。
293 同書88ページ。
294 同書83ページ。
295 同書88ページ。
296 同書91,99ページ。
297 同書93-4ページ。
298 同書97ページ。(参考文献省略)
299 『夢日記』100ページ。
300 同書101ページ。


訳注
★1 補足説明:“分離”とは、“肉体の感覚と推論に頼る状態”と“光を意識し,それを受け入れる状態”。また、その結果としての“精神的イメージ(Mental images)”と“その対となる物質的なもの(their physical counterparts)”であろう。
★2 『夢日記』32の記事に言及しているが、そこには「論文」でなく「脚注」とある。「解剖学についての自分の著作」とは当時執筆中の『霊魂の領域(動物界)』であり、それにはたくさんの長い脚注がある。
★3 ヒンリク・ポシュ氏は不詳。おそらく最近ヒンリク・ポシュ氏がイギリスに渡ったので、自分がイギリスに行く前兆を示す夢と関連させて語ったのであろう。ここの記述は間違いといえる。
★4 グリル家はスウェーデンで最も有力で裕福な商人、船主、銀行家であった。アムステルダムに支店を持っていた。
★5 スヴェーデンボリ自身は『霊魂の領域(動物界)』第3巻の図版と解釈している。

〔研究誌『荒野』第30号,1998年12月〕