24 The Worship and Love of God
第24章 崇拝と神の愛
1744年10月7日にスヴェーデンボリは『崇拝と神の愛』[301]を著述し始めたようである。『感覚』の著作は,すでに印刷してあった部分とともに放棄した。新しい著作の草稿は驚くほど短期間に完成した。なぜなら,秋景色を物悲しげに反映している序文が書かれたとき,その第1部は印刷されていたからである。
スヴェーデンボリ自身の春の季節は過ぎており,彼はロンドンに独り悲しく,喪失感に心を乱していた。おそらくその時,ある意味で最も努力した哲学的な最後の著作,その著作も終わってしまった,と感じていたであろう。努力――何のための? 人々の心を神への思いへと高揚させ,すべての目的の中の目的は神とともにあり,神に帰ることであることを,議論と説得によって示すためである――これは彼自身が非常に多くの厳しい努力を通して学んだものである。彼は,これが学界に受け入れられそうもないことを思って落胆し,人々の無関心に孤独を感じた。当時,『霊魂の領域(動物界)』の書評はなされていたが,彼は一般の者がどれほど自分を理解していないかを知った。祖国やそこの人々から遠く離れ,彼はいつものように,その年の春に到着して以来ずっと自分に喜びを与えてくれたイギリスの公園を歩いていた。彼の悲しみは深い瞑想へと移っていった――
かつて独り,心地好い木立ちの中を,乱れる思いを追い払おうと,夏を飾った葉を散らせ,落としてゆく木々を眺め,歩きながら……悲私は悲しさを忘れ,厳粛になっていった……そのとき時の移り変わりについて瞑想し始めた。そして私にある考えが浮かんだ,時間に関わりをもつすべてのものは,すなわち,これは林の場合だけでなく,われわれの人生,時代もまたこれと同じ変化を経て行くのではないか,と。なぜなら,それらも同じようにして,一種の春から始まり,開花,期を迎え,夏を過ぎ,たちまちに,秋の映像ともいえる老年に沈むのは明らかだからである。このことは人間の個々の人生の期間だけでなく,世界の存在についての時間,測り知れない長年月の場合にも……[302]。
幼児時代の夢,両親による敬虔な教え,青年時代の研究,成人初期の詩を集めて,ある人生の心的成長を要約することが可能なら,社会改革についてある成人のヴィジョン,彼の宇宙体系についての概念,解剖学の研究からの経験を組み入れ,そしてそれらを心霊の幻により心の内部から興奮させるものと合体させ,そしてこれらすべてのものを一つの本の中に押し込めることが可能なら――そのとき『崇拝と神の愛』がその本である! なぜなら,その中に,スヴェーデンボリは自分の全人生での努力を要約し,それを心の最高の支配者の足元に差し出しているからである。彼は,自分の隊商の全荷物をその君主の王座の前に並べる東洋の嘆願者のようである。
彼は,ある夢を解釈して,「私には自分の全人生が準備であるとわかった」と書いている。その準備も今やほとんど完了していた。その理由は,この著作の中に,彼の精神が崇拝するものが,彼の心のすべての感情と愛が今や神への愛に服従していることが要約されているからである。
その結果であるこの叙事詩は,すぐれた散文体で,創造の物語を半ば科学的,半ば詩的に言い替えている。これは前の『霊魂の領域(動物界)』と関連がないのではなく,むしろその完成である。なぜなら,スヴェーデンボリはその“展望★1”の中で,最後の部分は,すべての被造物の最高点と見られる神の都を扱う,とほのめかしているからである。
『De Cultu et Amore Dei』〔崇拝と神の愛〕は,あたかも,人間よりも天使たちのために書かれた本である。これは,著者が,感覚からの推論,霊的な物事には何も役立たない推論だけを信じる者と議論する興味を失ってしまい――そして彼自身の中では感覚を越えた実体の存在を十分よく知っている――地上の領域を越えたところにだけ存在する,知性を持つ者と交わることを望んでいたかのような本である。彼は熟考する――
生みの親である太陽からの,処女の地球のその秩序だった起源は,いかに美しいものだったろうか! とこしえの春はなんと甘美か,楽園では,泉から噴き出る無数の流れは,すみれの花壇や常緑樹を戯れ通り抜け,つづれ織りのように花に彩られた地表に水を与える! 乳と蜂蜜を滴らせたそこの世界から無数の子孫たちが孵化する,祭日を祝って! あらゆる感覚は満足するが,しかしそれでもまだそこには,これらすべての美を喜び,地上の楽園から天界の楽園を悟る,すなわち神へ不朽の感謝を捧げ,こうしてすべての贈物をその“与え主”に返す者は存在しない。
木立ちの真ん中に,最も貴重な小さな卵を生じる果樹があった。その卵の中に,宝石の中のように,自然はその最高の力を隠していた。至高者の心によって生かされたている“生命の木”からぶらさがったその卵の中に,“初子(最初に生まれた者)”がいる。すべての物は“初子”の誕生のために,秩序だって準備されていた。やがて,胎児はその殻を突き破り,その鼻から空気を吸,口づけをもって挨拶をする。寝かされた幼児のまわりには,天界の住民たちが立ち,全人類の希望を目にして喜ぶ。その体を横たえ,顔は上に向け,その柔らかな手は折り重ねて,胸の上に置かれ,小さな唇をその至高者たる父をあがめるかのように動かしていた。世界創造の働きは今や自分の中に完成した,と心からだけでなく体の姿勢をもって,その感謝を表現して。
“初子”はその血管を流れる血液でなく,愛を擬人化した「知恵と知性たち」によって教えられ,その存在によって人間は獣類よりもすぐれたものとされる。彼らは“初子”に,その心は知性の太陽からの光線が天界の光と愛をもって降り注ぐ土壌であり,大地であることを教える。「おまえが善いと認めたものを,おまえは愛する」と彼らは告げる。「すべての生命は霊的であり,霊は実体であり,神ご自身は唯一の現実の真の実体であられる。創造は神から生じるものであり,どんな実体も,形をもたなくては,その能力と性質を引き出せない」[303]。
彼らは,知性への接近法には二つある,一つは上から,一つは下から,と教える。神,偉大な造物主は,また天界とこの世との間に,最低のものが最高のものへ,「最外部が最内部へ」戻るようにと鎖を備えられた。この鎖は“この世の君”,大きな力を与えられた存在,感覚の5つの王国の支配者である。彼の王宮はアニムス,すなわち人間の低い心である。しかし,広大な帝国を神のように支配するこの偉大な君子は,その膨大な権力に大得意となって,傲慢にも天をもまたつかみ取り,その配下に置こうと望んだ。神の秩序が遂行され,彼の反逆は,抑制され,束縛されることに終わった。彼は神への自分の憎しみによって苦しめられる。
やがて,“初子”は遠い木立ちをさ迷い歩き,夢の中かのように,その将来の花嫁である,ニンフ★2を見つける。可愛らしい少女が遊びと笑いの年頃に達するとき,彼女は泉の中の自分自身の映像を見て,自分の姿に驚く,そして彼女の「知性」から,自分の霊魂,心,アニムスの能力について,人体の秘密と生命の完成を学ぶ。彼女もまた,遠くない所に,自分の生命に一致するように定められた別の存在がある,と語られる[304]。
“初子”はニンフを見る,彼女がその「知性」の聖歌隊の真ん中にいる,彼女を認める,夢の像(夢見た姿)の原形と,これを何千回も思い出していた。彼は優しく求愛し,自分の花嫁とする。
結婚の翌朝,彼らは恍惚とするような光景に迎えられる,これをスヴェーデンボリは次の言葉で紹介している――
朝早く,オーロラ★3が,金色に染まった矢のような太陽の光線を天界の半球の高さにまで送り出しているとき,両人とも同時に,最も甘美な眠りから,彼らが共有した結婚の床から目覚める。一種の天界の光が彼らの目をさっと照らし,眠りを追いやり,お互いへの両者の注意をその光自身に引き付ける。天界の中間の領域に何かが現われるが,これは宇宙をその運命とその最内奥の必然性とともに示し,意味する。これは明らかな日の光のもとで両者の視覚に現れている……[305]。
完全な状態の彼らは,原始の一対の二人は,今や絵の中のように,全人間の生命の目的と到達点を示しめされた。あらゆるものは,最初から最後まで,創造主の栄光を示すために協力しあっていることを知らされた。その創造主の目的は,天界の王国を,または聖なる社会を,自分が“霊魂”となるような“肉体”として形成することである。彼らは中央の目の眩むような光のまわりに,燃えるような紫色の縁を,その中に黄色の輝きによって囲まれた最も美しい顔と形を見た。その幻は炎のような流れが行き来して,心臓のような渦巻きに変化していった。こうした入り組んだ幻によって,至高者の心の手段と目的――人類から天界の社会を形成する神の目的――が表わされた。
スヴェーデンボリが夢として[306]描いたものを思い出させるこの幻は,未完成に残された部分である『崇拝と神の愛』の著作の第3部を形成している。彼は第二部を1745年の3月中旬に発行し,そして第3部の印刷を始めた。しかしそれが終わる前に,霊的な経験により彼の人生に新しい方向が与えられ,その作品を1745年の4月中旬に中断した。
この重大な事件についてわれわれが,直接にスヴェーデンボリ自身からでなく,本人が語ったとする人によって書かれた記事から知るのは奇妙である。それというのも,スヴェーデンボリはその同じ事件に紛れもなく自分の原稿中の二箇所で言及しているが,そのどちらでもその出来事の性質は記録していないからである[307]。
いつも食事をし,そこに個室も持っていた宿屋で,彼はいくぶん遅くなった昼食を食べていた。腹が減っていて旺盛な食欲をもって食べていたが,その間中,その考えは人間には把握されないで隠されている天界の事柄についての思索で占められていた。
食事の終わり頃,目の前の薄暗さのようなものに気づいた。次第に暗くなり,そのとき,床がヘビやカエルといったぞっとするような這い回る生き物で覆われているのを見た。スヴェーデンボリは述べている――
私はびっくりした,感覚も,思考も明確で,全部しっかりしていたからである。ついに暗闇が支配したが,そのときそれが突然に消えて,一人の男が部屋の隅に座っているのが見えた。そのときまったく独りっきりだったので,その人が言葉を発するとき非常に怯えていた。彼は「そんなにいっぱい食べるな!」と言った。
再び目の前がすっかり暗くなったが,しかしすぐに明るくなり,私はその部屋に独りでいるのに気付いた。こうした思いがけない恐怖のため,自分の部屋に急いで引き返した。宿の主人には何の心配も懸けずに,起こったことをよく考慮してみた。これを偶然の出来事とか物質体的な原因によって作り出されたものと見なすことはできなかった。
自分の部屋に戻ったその夜,またも同じ男が私に現われた。そのときは怯えなかった。彼は自分が主なる神,世の創造者と贖い主であり,人々に聖書の霊的な内容を言明するために私を選んだのである,私自身があなたにこの主題について書かねばならないことを告げよう,と言われたのである。
そのとき,その同じ夜,霊たちの世界,天界と地獄が完全な確信をもって私に開かれた。私はその世界のあらゆる状況のもとで生活している多くの知人を認めた。そしてその日から,私は世俗の事柄の著述をすべて放棄し,霊的な事柄に専心したのである。
このことは,スヴェーデンボリの親友であり,ストックホルムの銀行の重役,科学アカデミーの会員仲間であるカール・ロプサームの筆による。彼はあの世との交流の事実について彼に質問したのだった。これは,スウェーデンでスヴェーデンボリの教義に最初に改宗した者,ガブリエル・アンデルスソン・バイエル博士★4の手紙に述べられた出来事と比較すべきであろう――
主が監査官スヴェーデンボリの前に人として現われ,主が監査官に使命を与えられる間,彼はそのお方が堂々とした紫の衣服で荘厳な光の中にベッドの近くに座っておられるのを見たことに関する情報を,私はローセン博士の家での晩餐会で,彼自身の口から得ました。そこで私はその老紳士に初めてお目にかかったのです。私は,「それはどれくらい続いたのですか?」と質問したことを覚えています――これには「約15分です」と答えられました。また「強い光が目に影響しませんでしたか?」との質問には,「いいえ」と言われました[308]。
その日から世俗の事柄の著述をすべて放棄した,というスヴェーデンボリの言葉により,われわれはなぜ『崇拝と神の愛』の第3部が未完成のまま残されたかの理由を知り,これを疑わなくなる。または――もしわれわれが好むなら――その著作の高尚な目的が,しかしスヴェーデンボリ自身が想像したのとはまったく異なった形で,実際に得られたのでもある。なぜなら,続きの物語で扱う内容に,人類がその完全な状態から堕落とまたその堕落の状態から戻ること,創造のときに人類のために意図していた完全な状態へ戻ることが含まれていたからである。そのとき,もし戻る道が神のみことばを通してであるなら,まさにその時,スヴェーデンボリの関心がそのみことばの解説に向けられたのは極めて必然であったといえる。なぜなら,人間は崇拝によって,神へと誠実に近づくよう,立ち上がらなくてはならない,というのが第3部の主題であったからである。
* * * * *
この注目すべき本のどこが科学と詩をそんなにも高尚に結合していると言えるのか?
人間の心の形成を寓意物語として描いていると見ることができるかもしれない。“初子”によって,個人ではなく,全人類の心が意味され,初子の経験によりその運命が描かれている。この作品は霊魂の最初の純粋な状態を映像化しているが,それ以上に,これはスヴェーデンボリ自身の心の形成を描いている――象徴によって。なぜなら,ここには科学的な,哲学的,解剖学的,心理学的,最後に神秘的な,神への崇拝という彼の人生の全時期がまとめ上げられているからである。
この本は,彼が自分で定めた人生の最後場面での幕切れを記しており,その劇の終わりとして,幕の前で配役はお辞儀をしている。そのようにここでわれわれは,彼が自分の経歴の全期間を礼拝の場面による演技でまとめ上げたことを知る。彼はこの礼拝を捧げるせるために古典的な祭壇を選び,そしてその前で,一種の歌のような,彼に示された恩寵への彼の心からの感謝の祈祷の声を上げる。この本は,彼の哲学を今や次第に明らかとなっていた至上の想像力と融合させるのに役立った。その祈祷は感覚的な形の中に霊的な概念を表現している。この本は失った楽園を再び得たことを表現している,スヴェーデンボリ自身の中の!
なぜなら,神おひとりによって創造されたアダムはスヴェーデンボリの新しい意志と新しい理解力,新しい人間であったからである。アダムが自分の心の中に善の感覚がどこから流れ込んだのか燃えるように知りたがったとき,われわれはスヴェーデンボリ自身が求めていたのを認めないだろうか? アダムのように,彼は自分自身が神の愛のふところに抱かれ,彼自身の中に語られる言葉を聞いたのである――
私の息子よ,私はおまえとおまえの知恵の両方を愛する。愛と愛の間に,知恵よりも親密な絆はない。いのちの幸福がどこからやって来るか,おまえはどれほど熱烈に知ろうと願ったことか! これ以上その源について追及するな。おまえはその真っ直中に座っている。おまえが私にいだく愛は私からのものだ。私はおまえにその愛がおまえ自身の中にあると感じるようにした。霊魂の性質はそうしたものである★5[309]。
* * * * *
類いまれなこの著作の意味と重要性に対し,異なる多くの評価がなされた。はるか後年に,あるスウェーデンの詩人は,『崇拝と神の愛』について,「これは,詩歌の天界の中で一等星をなしている多く詩人に等しく分け与えられているできる詩的な霊感を十分に含んでいる」と言った[310]。
スヴェーデンボリ自身の時代の評価は非常に異なっていた。この作品は単なるおしゃべりか,またはむだな慰み物と見なされてしまうかもしれない,という著者自身の不吉な予感は,彼がいろいろな学術雑誌の書評を見たとき,十分に正しいものだった。批評は,彼の目的がただ読者に気楽なくつろぎの時を与えるためなのだろうかといぶかった。この作品は数々の場面に分けられるから,おそらく彼の意図は脚本を書くことだったのだろうか? 『推論双書』は彼の創造体系に対し,「創造の最も良い体系は,理性と経験の完全な調和が保たれ……無尽蔵である真理のただ一つの源泉であるモーセの体系だけである」と述べた[311*]。
彼らが自分の趣意を把握し損なうだろうことはスヴェーデンボリを驚かさなかったし,実際,彼はこれを予想していたのである。しかし,聖書は矛盾していることを考慮すべきだ,とするこの物語への――その中で聖書を文字通りに解釈することは敬遠し,彼の心は自由だった――非難は,決定的に彼の思考に小休止を与えたであろう。なぜなら,書評がスヴェーデンボリに届いた少し後で,彼は『モーセによって与えられた創造物語』[312]と題された草稿の中で聖書記事の注意深い比較を始めているからである。この研究の中で,彼は聖書の物語が自分の哲学的な創造記事と一致するかどうか知るために,二人の偉大な権威に従って――カスティリョ★6とシュミディウス★7――それらを自分自身の詩的な本と一語一語比較して,聖書本文の調査をしている。自分の著作と「創世記」第1章との注意深い比較の後,彼は次の注釈をしている――
私の論文『崇拝と神の愛』第一部の中で,私は地球の起源,楽園,そこの緑の木陰,アダムの誕生を扱ったが,それでも,知性の導きまたは論理の道筋に従っていた。しかし,人間の知性は神によって霊感を得たものでないかぎり決して信頼できないので,前述の小著で教えられてきたこれらの事柄を「聖なる古典」で明らかにされた事柄と,ここでは神によってモーセに明らかにされた創造物語と比較するのは真理にとって重要である。それらはどのように一致しているか,これが調べられるべき問題点である。なぜなら,啓示されたものとそのままに一致しないものは,まったくの誤りか,われわれの理性的な心から逸脱したものとして公けに宣言されるべきである。私は,この目的を考慮して「創世記」第1章を注意深く学ぶことを前提とすべきであるとの義務を感じた。
今や,ゆるみない注意力をもって,これらの事柄を比較したとき,私はそれらの一致に驚いたのである[313]。
その後,人間は大地から直接に,または,なんらかの植物または木を手段として,卵から間接に造られたのかについて,彼は,「それでもやはり,彼は地の塵から形成された。なぜなら,植物の根や繊維を通過するあらゆるものは地からであるから」と言っている[314]。
スヴェーデンボリは,『崇拝と神の愛』が学界のだれかに理解され,受け入れられるだろうと望んだ。彼はハーグのプレイス大使に,その作品の第一部を同封し,大使にこれ目を通してくださるよう,そしてもし,これを好ましく感じたなら,自分の判断で,同封した4冊の本を他の人に,「特に外国の聖職者たちの間で学問のある人たちのどなたかに」与えてくださるよう,書き送っている(ロンドン,1745年3月11日) [315]。
『崇拝と神の愛』は,スヴェーデンボリがそれを書いた時に,神性の三人格,天使として創造されたが反逆して天界から投げ出された者としての悪魔といった神学上ではルター派のいろいろな信仰の教義に彼が追随していること疑いもなく示しているように思える確かな箇所を含んでいる。そうした箇所はスヴェーデンボリの初期の信奉者を当惑させたようであり,彼らはこの本をどのように見なすべきかについて危機をはらんだ疑いを持った[316]。
著者が亡くなって数年後,あるイギリスの紳士が,新しい教義の普及のために形成されたスウェーデンの最初の団体の書記に,『崇拝と神の愛』に権威を置くべきかについて彼らの見解を質問する手紙を書いた。グスターフ・ビルベリの返事は――
あなたは作品『De Cultu et Amore Dei』の真実性について私たちの見解を知ろうと望まれています。私はクリスティアン・ヨハンセンをよりどころにしてあなたにお知らせすることができます。彼は直接スヴェーデンボリにこの問題について質問したのです,彼から次の返事を得ました――「それは確かに真理に基づいています,しかし,そこにはいくぶん利己的なものが持ち込まれています。ラテン語をもてあそぶようにして使用したのです。その頃、自分のラテン語の文体が単純だと嘲笑されるようになってきたためです」[317]。
* * * * *
文芸作品の素材に独創的なものはほとんどない。作家はその時代や過去時代の一部,ひとかけらであって,すでに読者たちの心の中にある観念を自由にもてあそぶのである。不変の価値を持つものは,ほとんど突然とした目新しいものからではなく,しばしば慣れ親しんだ概念が新しく組み合わされ,芸術家の霊感の結果として示されてやって来る。スヴェーデンボリの考え方を整理する中で,われわれはこの種の霊感を常に見出だすのである。
この考えを心にとめて,『崇拝と神の愛』で示される観念の出処を調べるなら,われわれは,創造に関する物語は細かいところでは異なっていても,全般的には「創世記」に述べられたものと一致することを見出だす。宇宙創造論については,著者はこれを自分の『プリンキピア』から引き出している。宇宙の「大きな卵」の概念を,そしてまたオリュンポス山★8やパルナッソス山★9,ヘリコーン山★10等々といった言葉を,彼はオウィディウスや他の古典作家から得ている。“この世の君”すなわち天から落ちたルーシファ★11は,キリスト教の民間伝承や伝説では普通の通貨〔比喩〕であり,ミルトン★12の『失楽園』で使われている。
スヴェーデンボリとミルトンの趣向の類似性は,両方の著者が共通する中世の出典に近づいたとしなければ説明するのが困難なほどに非常に目立つものである[318]。スヴェーデンボリが若い頃ミルトンを読んだ,と想定されるかもしれない,なぜなら彼はイギリスからのある手紙★13の中でミルトンのことを述べており,そして詩に大いに没頭していた学徒が同時代の詩の精華を見過ごしてしまうとは考えられないからである。それで,ミルトンの力溢れる詩は,われわれの哲学者の心的財産の一部,ひとかけらとなったのである。ミルトンのように,スヴェーデンボリはこれやあれやの出典から,それらの趣向を,常に自分自身の機構に合うように変えて,自由に借用した。ミルトン自身がこのことを正当なものと見なしていた,彼自身の定義によれば――「借用は,もしそれが借用者によって改善されないなら,盗作とされる」[319]。思想に所有権はない。スヴェーデンボリの“イブ”★14は,ミルトンのように,泉の中の写った自分の姿を見る。ミルトンの“天使たち”のように,スヴェーデンボリの“知性”は“初子”に話しかけ,教える。ミルトンは,スヴェーデンボリのように,新プラトン主義の概念を言い表わしている――
この地は天の影でしかない。
地のそれぞれ物が天にある他のものに似る。
地の上にそれ以上のものが考えられようか?
事実,スヴェーデンボリが夢で自分に与えられて警告「他人の衣服を取るな」は,ミルトンからの引用であった,と示唆されるほどに,その類似には非常に著しいものがある。
* * * * *
彼の人生での最初の段階は今や終わった。彼は神の作られた羅針盤を持ち,海図に示された神秘の海岸へと導く航路へ向けてすでに乗船した。その船は人によく知られた境界を通過し,開かれた海に航路を定めていた。1745年4月の注目すべき幻視によって,その人生の意味は彼に説き明かされ,その悲しみは喜びに,その心の乱れは確信に元気づいた。使命は主により彼に与えられていた。その神的な就任式の15分間に,どのような特殊な命令を受け取ったか,われわれは知らない。われわれが知っていることは,その後ただちに,スヴェーデンボリが聖書の徹底的な研究に着手し,これに次の3年間完全に従事したことである。この時期の彼の原稿の間に『世に来られようとしているメシア』に関連した聖句を集めたものが見出だされ,そこに次の注釈が見られる――
イエス・キリスト,われらの救世主,メシアは来られ………そして世を裁こうとされている。時は今や近づいた,主は必ずや来られるであろう[320]。
1945年6月2日,スヴェーデンボリはロンドンのスウェーデン教会の礼拝に出席し,いつも通り献金し,また6月24日の「バプテスマのヨハネの祭日」でもそうしている。われわれはここで,夢の中で彼に,教会に出席し,聖餐に与かること中止してはならないとの真剣な忠告が与えられたことを記しておいてよいだろう[321]。
7月,彼は第5回目の外国旅行から祖国に帰るためロンドンを去り,8月19日には,鉱山局の出勤簿に再び彼の名前が見出だされている。数か月間,窓からスルースセンとスケップスブロンの橋を見渡せるアパートに再び住んだが,1746年の春には,川を横切った南の地区にあるホルンスガータンの自分の家に引っ越した。その間,この家を修理し,準備していた[322*]。ここで,次の20年間,スヴェーデンボリはその神学書の大部分を著述したのである。
原注
301 『De
Cultu et Amore Dei』第T,第U部,1745年,ロンドン。
302 『崇拝と神の愛』A・H・ストローとF・シューアル(Sewall)による英訳。1914年,ボストン。序文。
303 同書48番以降55番。
304 同書87番。
305 同書112番。
306 第23章〔転換期〕参照。
307 『ターフェル』T,31以降。『聖言の講解』3557番〔下記に参考文献とした〕と『霊界体験記』397番。
308 C・F・ノルデンシェルトへの手紙,1776年3月26日,イェーテボリ。『ターフェル』U,426。この出来事はおそらくデルフトでの幻視に言及している。185ページ〔『夢日記』49以降〕参照。
309 『崇拝と神の愛』105ページ〔106 ページも〕。
310 ペール・ダニエル・アマデウス・アッターボム(Per Daniel Amadeus
Atterbom)著『スウェーデンの見神者と詩』(原題名省略)1841年,ストックホルム。サミュエル・テイラー・コールリッジ(Samuel Taylor
Colerige)〔1772-1834,イギリスの詩人,批評家〕は,『崇拝と神の愛』について「それ自身が,スヴェーデンボリが光を放ち,発する哲学的な天才を持った人物であることを十分に示すであろう。シェリング(☆),シューベルト,エッシェンマイアー(☆☆)の心霊哲学的な著作の中で最も価値あるものの多くは,この精神異常者〔スヴェーデンボリ〕にそれに先んじたものが見られる……」と言っている。Nathaniel
Hobartによる『スヴェーデンボリの生涯』1831年,ボストン,253ページ参照。
(訳注☆:Schelling(1775-1854);ドイツ観念論の哲学者;ロマン派の代表)
(訳注☆☆:Eschenmayer(1768-1852);ドイツの哲学者。テュービンゲン大学教授。シェリング哲学の影響を受け,一種の信仰哲学を説き,のちに神秘説および神霊学に傾いた)
312 『Historia Creationis a Mose
tradita』,A・アクトンによる英訳『モーセによって伝えられた創造の歴史』,1928年,ブリン・アシン。
313 同書9,10番。
314 同書14番。〔ここには33番とあったが314にあった14番をここに移した。またここの文献☆を次の315
に移した〕
315 『ニューチャーチライフ』1896年,186
ページ。
(☆『霊界体験記』3217番参照;『ターフェル』U,1096ページ)
316 『崇拝と神の愛』78-82番参照。スヴェーデンボリは歴史でも神学でもなく,象徴を扱っている。“初子(最初に生まれた者)”とは人間の心の象徴である。“この世の君”とは人物としての悪魔ではなく,感覚からの印象を受け入れる心の機能の象徴であって,人間が,その高い心から独立して,自分自身で生きていると説きつけ,そうしてついにはその高い状態から落としてしまうものである。スヴェーデンボリが「この世が創造される前に天使たちが創造された」とは決して信じていなかったことは,その概念に反論している彼の「霊魂」を扱った論文から明らかである。『理性的心理学』555番参照。
317 『ターフェル』U,709
ページ以降,および『聖言の講解への序論』108ページ〔邦訳『転身期のスウェーデンボリ』原注の286番〕,そこではこの手紙の日付を1814年としている。バイエル(Beyer)
博士は完ぺきな彼の『スヴェーデンボリの〔神学〕著作索引』にこの著作〔『崇拝と神の愛』〕を含めている〔神学著作としている〕。原注707参照。
318 原注266
のラムによる。『崇拝と神の愛』第8章参照〔同書に第8章はないので意味不明〕。同じくH・Lj・オドナー『スヴェーデンボリの叙事詩での楽園とその文学的出典』1945年,ブリン・アシン,参照。
319 コートホープ『イギリス詩の歴史』第8巻,402ページ。
320 『De
Messiah venturo in
mundo』(原稿),A・アクトンによる英訳『来られようとしているメシア』1949年,ブリン・アシン,13ページ〔原書の18は13のミスプリ〕。
321 『夢日記』237番。
訳注
★1 ここの“展望(Prospectus)”とは,『霊魂の領域(動物界)』第2部の「エピローグ」の最後の部分「……神の栄光を宣言する」の脚注に「私はこれらの主題を,神の祝福によって,私の分析の部分☆の最後に取り扱うであろう。しかし,それまでは単なる世の結果を取り扱うが,それらの結果はわれわれのあらゆる感覚から熟考の前に驚くべき神の領域を示すものである」とある,これを指すのであろう。
(☆『霊魂の領域(動物界)』には,他人の研究成果をまず披瀝し,そこから帰結される自分の推論を述べるといった著述法が取られている)
★2 Nymph @?ギリシア神話・ローマ神話?山・川・森などに住む少女姿の各種の精。A美少女。
★3 Aurora?ローマ神話?アウローラ,あけぼのの女神。
★4 Gabriel
Andersson
Beyer(1721-1779);イェーテボリ高等学校のギリシア語の講師。学者であり,新教会の教義を体系的に研究し始めた最初の人物。新教会の教えを受け入れたため多くの被害にあった。
★5 最後の「霊魂の性質……」の部分は原文にない付け足しである。
★6 Castellio(1515-63);ジュネーヴで人文学の教授であったが運命予定説の教義に反対してカルヴァン主義者に追われ,バーゼルに逃げ,そこでギリシア語を教えた。主著は聖書のラテン語訳であり,イギリスのエドワード6世に捧げられ,1551年に出版された。スヴェーデンボリの蔵書には彼の翻訳聖書が四つある。1762年版(ロンドン,4巻)二つと1738年版(ライプッツィヒ,2巻)の二つである。
★7 Sebastianus
Schmidius(1617-1696);ストラスブールで神学を教え,聖書の詳しい注解書を書いた。主著は聖書の直訳ラテン語訳であり,死の年に出版された。これをスヴェーデンボリはよく利用し,その欄外は注記であふれている。
★8 ギリシアの諸神がその山頂に住んだという。
★9 デルポイの神託所の置かれたギリシア中部の山。ただし,『崇拝と神の愛』には登場しない。
★10 アポローンおよびムーサが住んだ,詩人の霊感の泉がある。
★11 Lucifer;「イザヤ書」14:12
で“暁の子”と訳されている言葉。天使たちを反逆に導く大天使であり,天界を追われ地獄に住んでいる,とされる。
★12 John Milton(1608-74);イギリスの詩人。『失楽園(Paradise
Lost)』(1667,74年)
★13 1712年8 月,ベンセリウス宛て。第4章参照。
★14 “イブ”は『崇拝と神の愛』に登場しない,“ニンフ”である。
[参考記事]
『聖言の講解』3557番(『出エジプト記』第8章の講解)から
それゆえ,これらのかえるは,先に語られた川から現われたものであるが,罪ありとされるエジプト人の側からその川の中へ,すなわち,ハルマゲドンへ一緒に集められたのである。こうして,ここでは最低の種類の不潔な霊を,すなわち,肉体や血,また感覚の快楽と呼ばれ,そうして味覚からのいろいろな贅沢に特有な,単なる肉体的な喜びといった欲望をかきたて,人間の最低または先端部を支配する,不潔な霊を扱っている。これらの不潔な霊は人間の最外部または単なる肉体的な部分を支配し,それらはさまざまな形の大きな種類の昆虫(insectum)であって,“かえる”と呼ばれる。これと同じようなものが〔ここから字下がり記事〕
私に現われ,出現したときそれは非常にはっきりとしたものであって,それらは私の目の前で這い,すぐにひとかたまりとなった。そのとき燃え出し,音とともに破裂した。私の耳に打ち砕くときのような音が聞こえた。その後その場所は清められた。1745年4月,ロンドンでのことである。毛穴から蒸気のようなものが出たが,床(ゆか)には多くの這う虫(vermis)が,大群となって現われた。
〔研究誌『荒野』第31号,1999年1月〕