30 Life after Death

第30章 死後の生活

 『秘義』の著述に没頭していた8年の間,エマヌエル・スヴェーデンボリ個人については何も知られていない。もし彼がチベットの修道院に引きこもっていたにしても,おそらく,郊外にある自分の家よりも隠遁生活を楽しむことはできなかったであろう。1749年から57年までのこの期間に,彼は四折判の『天界の秘義』8巻を出版し,その他にも莫大な量の原稿を書いていたのだった。

 1758年の夏,彼はロンドンで出版するための五つの小さな著作の原稿を持ってイギリスを再訪した。その小著の多くは,以前『秘義』の各章の間に書いた材料に基づくものであり,今や系統的な形に書き直したものであった。その五つの論文中の一つは,スヴェーデンボリの著作の中で最もよく知られ,最もよく読まれた『天界と地獄』である。他の四つは,「黙示録」第19章の中のヨハネの見た幻を解説した『白い馬』(260ページ参照★1),さらに『最後の審判』(261 ページ参照★1)と『宇宙間の諸地球』,それと『新しいエルサレムとその天界の教義』――救われるために人間はどのように生きなければならないか,そしてどのような宗教であろうと,神を信じ,神が命じられたように生きなければ,だれも救われないこと,この新しい教会の教義をみことばから教えて,詳しく説明した著作――であった [427]

 これらの他に,『秘義』の中で「創世記」と「出エジプト記」を解説したように,「黙示録」を一節また一節と解釈した『黙示録講解』[428]と題する莫大な注解書を詳述し始めていた。初めて『秘義』で示された概念が,ここでは詳細に展開されている。この著作には印刷人のために書かれたスヴェーデンボリの直筆の二つの原稿が存在する。その一つの表題には「ロンドンにて,1759年」と記され,著者がこれを同年に出版するつもりであったことを示している。ところが,意図は変更され,財政的または他の理由からか,スヴェーデンボリは四折判で4巻にもなるこの大作を刊行しなかった。これに代わって7年後,「黙示録」の内意の要約である『啓示された黙示録』 [429]と題する分厚い一巻を出版した。この驚くべき量の著述やその清書のための時間を生み出したスヴェーデンボリほどの,そのような勤勉な研究家を見出だすのは困難と思える!

 スヴェーデンボリの哲学上の著作がある時期まさに霊魂の探究へと登りつめたように,今や彼の神学著作は,聖なる都,すなわち「神の国」が中心主題となっていた。「マタイ福音書」第六章から取られた言葉「神の国とその義をまず第一に求めなさい。そうすれば,すべてのものはあなたがたに加え与えられます」が,この時までの彼のほとんどすべての神学著作の標語として置かれた。この思いはそれほど彼にとって基本的なものであった。この神の国の概念は『宇宙間の諸地球』という小著に広範に拡張されている。この著作でスヴェーデンボリは,人類は一つの地球に閉じ込められるだけでなく,無数の諸地球に広がっている,と主張しているからである[430]

 著作『天界と地獄』の魅力は,それが死後の生活を扱っていることによる。この世でどれほど不確実なものがあるにしろ,一つだけは確実である――われわれはみな死ぬのである。そしてまたある時期に,この必然的な変化について考えなかった者はほとんどいない。古今を問わず哲学者たちは,霊魂の不滅性について,その可能性を論じてきた。力溢れる『弁明』の中で,ソクラテスは毒ニンジンの杯を飲んだ後,すでに死んだ自分の友と再び結ばれ,自分の経験をオルフェウス★2,ヘシオドス★3,ホメロス★4,オデュッセウス★5と比べて語り合おうと期待し,「私がこの世の人々にしたように,そこの人々に尋ね,また調べ,自分を賢いと想像する者は賢くなくて,そうして人々の中でだれが賢いか見出だしながら」時を楽しく過ごそうと予期して,嬉々としていた。この賢者は,人は死について善き希望を抱き,「善人には,生きている間も死んだときにも,悪いことは何もない」という真理について熟考しなくてはならない,と言っている。

 死後の生活について,18世紀の伝統的キリスト教会は極めてあいまいであった。確かに,彼らは,人間は死後も生きると教えた。しかし,いつどのように復活が起こり,よみがえったその霊魂にどのような生活が待っているかについて,彼らになんら定まったものはなかった。これと対照的に,スヴェーデンボリは『天界と地獄』の中で,「来世の生活についての私の主張は実在する真実である。神のみことばはこの主張の基盤であり,私自身の経験が不死性の証明である」と明言している!

 当時流布していた観念と彼の教えとは,どれほど真っ向から対立していたことであろう!

 教会は言った――天使たちは初めから天的な存在といったものに創造された。

 スヴェーデンボリは言った――そうではない,天界に住む者はすべて,地獄に住む者と同じく,かつて地上に生活した人間である。

 教会は言った――人間は物質的肉体として復活する。

 スヴェーデンボリは言った――物質的肉体は土の中で腐り,決して回復しない。非物質的な体である霊魂が死後すぐによみがえるのである。

 教会は言った――救われたたましいを待っている天界の喜びは,絶え間ない崇拝と賛美歌を歌うことである。

 スヴェーデンボリは言った――違う,現世のように,そこでは,だれもが自分の職業を持っている。公の礼拝は天界の生活の単なる一場面であり,勤務でなくて休息である。天使たちは,飲み食いし,働き遊び,家に住み,集会に参加する。彼らは仕事や資質に応じた社会に分けられている。

 地獄に落ちたたましいは永遠の火の中で絶えず苦しむ,とは当時お定まりの信念であった。

 スヴェーデンボリは言った――悪の欲望が燃える,それ以外の火はない,神はだれも処罰されない。地獄に落ちた者の拷問は,ただ悪業を抑制されることにある。「良心の呵責」が存在しないのは確かである,悪人に良心はないのだから。悪人たち自身にとって,自分たちは以前と同じように生きる人間として見えるが,天界から見れば彼らは怪物となって現われる。

 伝統的聖職者たちは教えた――地獄に落ちた者の間には未洗礼の幼児や異教徒が無数にいる,それで悪魔の餌食をかすめ取るために,どんな悪天候であろうと,新生児たちは洗礼へと急かせられた――特にその幼子が病気で死の危険にあると思えるようなときに!

 スヴェーデンボリは言った――そうではない,一般に,異教徒たちの方がキリスト教徒より善良であり,彼らは教えられると,より容易に天界へ受け入れられる。幼児については,彼らは死後直ちに天界の社会へ連れて行かれ,霊的な成熟状態に達するまで天使たちに優しく保護される。

 天界と地獄は,漠然とした遠い所ではなく,地上に生きる間,われわれの周囲すべてに存在し,われわれのたましいにとって,われわれは現在ですら霊界の居住者なのである。死は意識のある一面から他の一面への単なる移動にすぎない,人の肉体は衣服のように脱ぎ捨てられる,とスヴェーデンボリは言った。霊界は,幽霊の住む世界ではなく,この世に生活したことのある男女の住む実在する世界である。『天界と地獄』では次のように述べられている――

 肉体がその霊の思考と情愛に対応する肉体的機能をもはや自然界の中で果たせなくなると,その人間は死ぬ,と言われている。これは肺の呼吸と心臓の鼓動が停止するときに起こる。しかし人間は死ぬのではなく,単にこの世で役立った肉体から分離するのであって,その人間自身は生き続ける,なぜなら,人間は肉体からではなく,霊から人間であるからである,人間の中で考えるのは霊であり,思考が,情愛とともに人間を構成するからである。それで,明らかに,人間の死は単に一つの世界から他の世界へ通過することにすぎない[431]

 あの世では霊的引力がすべてのものを完璧な秩序に配列する。この世のように空間と時間によってではなく,すべてのものは内的な類似性を通して結び付いている。神と最も調和する者たちは最も高い,あるいは最内奥の天界,天的天界にいる。完全性でやや劣る者たちは,さらに離れて霊的天界を構成する。完全性でさらに劣る者たちは自然的天界を形成する。こうして三つの天界があり,これらに対立して三つの地獄がある。主はだれも地獄に投げ込まれない。〔地獄の〕霊らが一緒にいたい者らを自分のもとに引き寄せるのである。

* * * * *

 世界の思潮はこの100年間にずいぶんと変遷した。そして今日の知識階級には,死後の生活に関する筋の通らない古い教義を擁護しようとする者はほとんどいない。アメリカでのこの思潮の変化が,どれほどスヴェーデンボリの影響によるものなのか,ある者によって追跡されてきた。その者は,「この変化は18世紀の世界に与えられた不死性についての最初で真の新しい概念が導入されたことに始まる。来世の考えは,健全で良識ある形を取り,考えられて当然な理性的なもの,最後の審判のらっぱの音に呼び起こされるまで死は墓に眠ることとする伝統的信仰に大きく取って代わるものとなった」と言っている [432]

 スヴェーデンボリは,これとは違う反動を自分と同時代の人々から予想し,また自分の啓示がすぐさま受け入れられると期待もしなかった。スヴェーデンボリは『天界と地獄』の冒頭に述べている――

 現在,教会にいる人は,天界や地獄,また自分の死後の生活についてさえ,これらすべてがみことばで扱われているのに,ほとんど何も知らない。実に,教会の下に生まれた多くの者の間にさえ,これらの事柄を,「かつて来世から戻って来てわれわれに語った者がいただろうか」と心につぶやいて否定している。それゆえ,特に世間ずれした人たちの間に広まっているこのような否定的態度が,単純な心と信仰を持った人々に感染し,堕落させることのないように,私が天使たちの一人として天使たちの間で彼らと親しく語り合こと,そしてまた,天界にある事物,同じく地獄にある事物を見ることが私に許され,このことがこの13年間続いている。そこで今や,無知が明らかにされ,不信が追い払われることを期待して,私自身が見たり聞いたりした事柄を記述することも許されている。現在こうした直接の啓示がなされるのも,このことが主の来臨を意味するからである[433]

 彼がイギリスにいる間に書いた『アタナシウス信条』[434]と題する手稿の中に,自分はイギリスの主要な教職者の全員にそれぞれ五つの小著を送ったが何の反応もなかった,と述べている。

 スヴェーデンボリは『霊界体験記』の中に,この世では他のだれよりも学問があると見なされていたイギリスの主教との会話を記している。その主教は,自分は主をただの人間と考えている,悪はただ民法にそむくので罪であると見なすことを認める,と告白した。

 この主教は,毒舌と誤り伝えることによって,教会の主教に送ったその五つの小著を完全に排斥するようにと,教職者たち,それとイギリス国会の貴族院議員たちに影響力を振るった様子をスヴェーデンボリに語った。スヴェーデンボリは,「これは自分の著作ではなく,主の著作である。天界と地獄,死後の人間の生活の性質,それと神学上の事柄は理性による把握を超越したものではない。主はこれを啓示することを望まれた」と厳粛に言明して応答した[434]


原注
427 『De Coelo et ejus Mirabilibus, et de Inferno, ex auditis et visis』 (天界とその驚異,それと地獄,聞き,見たことから) ロンドン,1758年。
  『De Equo Albo, de quo in Apocalypsi…』 (黙示録に記された白い馬) ロンドン,1758年。
  『De Ultimo Judicio, et de Babylonia Destructa…』 (最後の審判とバビロンの滅亡) ロンドン,1758年。
  『De Nova Hierosolyma et ejus Doctrina Coelesti…』 (新しいエルサレムとその天界の教え) ロンドン,1758年。
  『De Telluribus in Mundo nostro Solari…』 (私たちの太陽系の諸地球) ロンドン,1758年。
428 『Apocalypsis Explicata…』原稿,1992ページ。四折判4巻。
429 原注515参照。〔原注515は『啓示された黙示録』の原題名〕
430 『巨大人』についての主題が『天界の秘義』3624番以降に扱われている。そこの標題は――「人間の器官と手足のすべては,内部も外部も,天界である巨大人と対応していることについて」『宇宙間の諸地球』1-4番参照。
431 『天界と地獄』445番。
432 マーガレット・ベック・ブロック(Marguerite Beck Block)著『アメリカにおけるスウェーデン人たちの新教会』(詳細省略)
433 『天界と地獄』序文。
434 『De Athanasii Symbolo(アタナシウス信条)』,原稿。
435 『霊界体験記』6101。


訳注
★1 第29章の『最後の審判』を述べた部分である。
★2 〖ギリシア神話〗“たて琴の名手”。
★3 紀元前8世紀頃のギリシアの詩人。
★4 紀元前8世紀頃のギリシアの叙事詩人。『イリアス』『オデュッセイア』の作者。
★5 『オデュッセイア』の主人公。

〔研究誌『荒野』第40号,1999年7月〕